『 いとしい人 ― (3) ― 』
ヴォ −−−−−−
流麗なフォームのスポーツ・カー が疾走している。
つぎつぎと周囲の車を追い越し 一直線に進む。
そろそろ夕闇が迫ってきているが ・・・
クルマの中で二人は黙りこくっていた。
「 ・・・ あ あの 」
二つ目の信号を通りすぎた時 彼女がついに口を開いた。
「 ・・・・? 」
ハンドルを握る彼は ちらり、と隣をみたがすぐに前に視線を戻す。
「 ・・・ なにか? 」
「 ええ あの ・・・ そのう〜〜 大丈夫ですか
お疲れに なっていません? 」
「 え あ ああ・・・ 」
彼女の視線、気づかわし気な視線を受け 彼は頭部に手を当てた。
彼のアタマは 半分以上包帯で被われている。
「 傷に 障りませんか 」
「 ・・・ 大丈夫ですよ。 ぼくは 普通のニンゲンではないので 」
「 え でも ・・・ ドクター・ギルモアは
酷い傷だ・・・って。 人工頭蓋骨じゃなかったら ・・・ その 」
「 ですから 大丈夫ですよ。 ご心配なく 」
「 は はい ・・・ 」
「 ・・・ 不安そうですね 」
「 え ・・・? 」
「 ちょっとドライブ・・って 誘っただけなのに 」
「 ・・・ あ は はい ・・・ でも ・・・ 」
「 そうですよね これじゃドライブって雰囲気じゃない。
正直にいいます。
君に見てもらいたい場所があるんだ、ヘレンさん 」
「 見て もらいたい場所? 」
「 そう。 先日 ぼくが不覚をとった場所。 」
彼は自身のアタマを指した。
「 ・・・ その怪我をした 場所 なのですか? 」
「 そうだ。 箱根のある別荘なんだけど ― ぼくは 君を見た。 」
「 でも それは! ありえませんわ。
この前も ・・・ 皆さんが 私は一歩もあのお家を出ていないって
言ってくださいました。 フランソワ―ズさんも ・・・
一緒にお食事の用意 してた・・・って 」
「 ・・・ うん ・・・
君には 本当に姉さんとか妹は いないのかい 」
「 いません。 私はドクタ―・ウィッシュボンの一人娘です。
母は まだ私が物心つく前に亡くなって・・・
以来 父はずっと独り身ですわ 」
「 と 聞いたよね。 だから ますます・・・
君とあそこに行きたい。 そして確かめたいんだ 」
「 ・・・ なに を 」
「 ・・・ わからない。 でも 確かめなければ 」
ヴォ −−−−−−−−
淡い髪の乙女を乗せ 茶髪の青年のクルマは スピードを上げた。
*********
― 数日前のこと ・・・
その日 午後から茶髪の彼の姿は 見えなかった。
その事に気付いたのは そろそろ夕風がたつ頃だった。
「 ジョー〜〜 ・・・? あら いないのかしら 」
フランソワーズがリビングで 首を傾げている。
「 ・・・ ジョーなら昼すぎに出かけたぞ 」
ソファの向うから 返事があった。
「 あら。 アルベルト 知ってる? どこへ行ったのか 」
フランソワーズはクリーナーを持ったまま 窓際に回った。
「 なにか 言ってた? 」
「 ああ ? 」
銀髪は 広げた新聞の後ろから ちょっとだけ顔を覗かせた。
「 だから〜 どこにゆくか 聞いた? ジョーから 」
「 ちょっと出てくる、とさ。 クルマで行ったぞ 」
「 一人 よね ・・・ 」
「 ああ。 ジャケットひっかけていたぞ、 珍しく。 」
「 へえ・・・ いつもトレーナーとかなのに ・・・
で いつ帰るって? 」
「 だから。 」
バサ。 彼は新聞を置いた。
「 ちょっと出てくる と言っただけだ。 他は聞いてない 」
「 ふうん ・・・ そうなの ・・・
ま 晩ご飯までには 戻るでしょ。 あ ねえ アルベルト。
買い物に行ってきてくれないかしら 」
「 ! なんで俺が ― 」
「 ジャガイモ。 切らしちゃったのよ。
下の・・・ 海岸通りの商店街で 買ってきて 」
「 ― わかった。 」
彼は 案外素直に買い出しに出掛けて行った。
シュ ・・・ テラスへのサッシが開いた。
「 お洗濯モノ 取り込んできました。
いい感じ〜〜 パリっと乾きましたよ 」
淡い髪の彼女は 満面の笑みだ。
「 ヘレンさん ありがとう 」
「 ふふふ ・・・ お日様の香り しますね 」
彼女は ちょっとだけ洗いたてのリネンに顔を埋める。
「 本当ね〜〜 この国のお天気って 最高よね〜
あ 畳むわ、そこに置いて 」
「 私もやります。 ふ〜〜ん ・・・ 」
「 アイロン、掛けるの、よけておいてね 」
「 はい。 ワイシャツとブラウスと ・・・ 」
「 ヘレンさんが手伝ってくれて大助かりだわ〜〜 」
「 うふふ・・・ あんまり役にたってないけど 」
「 ・・・ ジョーより全然マシよ〜〜 」
「 え ジョーさん ・・・ 家事はだめ? 」
「 ええ。 特に料理は ばつ! 作れるのはカップ麺だけ。 」
「 まあ ・・・ 私の父もそんな感じですわ 」
「 そうねえ〜〜 料理上手な男性って 少ないわね。
あ・・・ねえ その髪飾り とても素敵ね サファイア ? 」
フランソワーズは ヘレンの髪に光る飾りを指した。
彼女は 青い光る石を嵌め込んだピンを付けていた。
「 あ これ・・・ ええ 母の形見なんです。 」
「 まあ そうなの? 」
「 はい。 私自身 母のことはほとんど覚えていないのですが・・・
父が これはチャームだから いつも身に着けていなさい と 」
「 そうなの・・・ お母様が貴女を見守ってくださるのね 」
「 はい ・・・ 」
「 すてき ね 」
「 はい ・・・ 」
ヘレンはほんのり微笑をし フランソワーズも笑顔を見せている。
バタン ッ ! 玄関のドアが勢いよく閉まった。
「 うお〜〜い 腹 減ったぁ〜〜〜 なんか ねえ? 」
赤毛の旋風が 駆けこんできた。
「 あらあ ジェット。 ランチ、ちゃんと食べたでしょう? 」
「 あ〜〜 この辺 飛んできたんでよ〜〜 」
「 ! ダメだってば。 ここいら辺は レーダー網だらけよ 」
「 へ! そんなモンに引っ掛かるオレ様じゃ ね〜よ〜
な〜な〜〜 なんか ねえ〜〜? 」
「 ふふふ カップ麺 でよければ作りますよ ジェットさん 」
ヘレンが洗濯モノを積み上げつつ 笑う。
「 お♪ ミス・ヘレン〜〜 頼む〜〜 」
「 はい。 ちょっとこれ、仕舞ってから・・・ 」
「 奥の棚だろ? オレがやる! だから
」
「 はいはい じゃ カップ麺、用意しますね 」
「 さっんきゅ〜〜〜〜〜 そのきらきら髪飾り 似合ってるぜ ミス♪ 」
「 うふふ お世辞言わなくてもちゃんとカップ麺 つくります
あ セロリとパクチー を乗せるのでしょ? 」
「 うわお〜〜 さんきゅ〜〜〜 めるし〜〜 アリガトウ・・・
って どれがいい ミス? 」
「 サンキュ で。 あのね 私 ロンドンっ子です。
それと ミス じゃなくて ヘレン ですわ。 」
「 お〜〜〜 悪ィ〜〜 ミ・・・じゃなくて ヘレン♪
いや マジ いいって、その色。 チャームかい?
髪の色と合ってるぜ 」
彼は 自分の赤毛をちょいちょい・・・と指した。
「 そう? 嬉しい! では カップ麺へ Go ! 」
「 アイアイ・サ〜〜 じゃなくて アイアイ・マム〜〜 」
「 もう〜〜〜 」
二人は笑い合いつつ キッチンに消えた。
「 ・・・ なんなんだ アイツ・・・
っとにカルいヤツだな! あの女にホイホイ取りいって 」
がさり。 脇のクーファンで赤ん坊が寝がえりを打った。
「 お? なんだ イワン。 」
アルベルトは じゃがいも入りの買い物袋を置き、覗きこむ。
赤ん坊は 目を見開きじ・・・っと宙を見つめている。
「 ミルクか? ああ そんな時間だな 」
≪ ウウン。 マダイイヨ ≫
「 そうか じゃ 少し散歩でもするか? 」
≪ イヤ イイ。 あるべると? ≫
スーパー赤ん坊はあっさり断わり アルベルトに視線を向けた。
「 あ? なんだ 」
≪ アノ子ノ心ガ 読メナインダ イヤ ボンヤリトシカ・・・ ≫
「 あのこ? ・・・ あのオンナのことか 」
≪ へれん・うぃっしゅぼん嬢 ト イッテルケドサ ≫
「 やはり スパイか!? 」
赤ん坊は タオルの枕の上で首を横に振る。
≪ 僕二ワカルノハ・・・ カナシミ ダ。 悲シミダケガ ヨメル ≫
「 悲しみ?? ・・・ 彼女の か 」
≪ ワカラナイ 邪悪ナ意志ハ 感ジナイケド ≫
「 ・・・ ふむ ・・・ 」
珍しくこのスーパー赤ん坊は 困惑していた。
― その数時間後
帰宅したジョーは アタマから血を流して 倒れ込んだのだ。
全員が 驚愕し彼を取り囲んだ。
ギルモア博士は 迅速にそして的確な処置をした ―
その厳しい表情に 誰もが身体を強張らせた。
「 ・・・・ 」
なぜか どこで なぜ???
博士や仲間達の問いかけに 彼は一切応えない。
ただ一言、 新参の少女を見つめて尋ねた。
「 ― 君には 姉妹が 姉さんか妹さんが いるかい 」
彼女は 怯えた表情で首を横に振ったが ―
「 ウソつけっ!! 」
困惑し否定する彼女に 珍しく一言だけ激高すると
彼は 口を閉ざしてしまったのだ。
********
キキッ。 シュ ・・・・
スポーツ・カー は 広大な庭を擁する邸宅の前で止まった。
「 ・・・? 」
「 ここ だ。 ちょっと降りてくれる? 」
「 は はい・・・
」
「 あ コート 羽織ったほうがいい。 箱根は寒いからね 」
「 は はい・・・ ハコネ? ここの地名ですか? 」
「 うん。 日本の有名なリゾート地さ。 ここもおそらく
誰かの別荘だろうね 」
「 ・・・ ここに ・・・ 誰かいるのですか 」
彼女は 不安な視線を目の前の邸に向けている。
「 ぼくは 数日前にここに来たんだ。 」
「 え!? で では その怪我は ・・・ 」
彼は応えずに 彼女と共に塀の間から中に入った。
塀 といっても生垣が巡らしているだけなので 誰でも
簡単に中に入れるのだ。
ガサガサ ゴソ ・・・・
彼は彼女を連れて 庭と思われる処に踏み込んでゆく。
「 あ の ・・・ ? いいのですか 他所のお宅に勝手に ・・・
え ・・・? 」
彼は彼女の腕を ぐっと掴んだ。
木々の間から 瀟洒な洋館が見えてきた。
「 ・・・? 」
「 あの窓の向こうに 君がいた、ヘレン。 」
「 ?? 」
「 窓際に女性がいて こちらを振り返ったんだ。
この距離だし ― ぼくはサイボーグだからね ・・・
多少薄暗くてもはっきり見える。 」
「 ・・・ 」
「 ― 確かに 君だった。 」
「 ! 」
彼女は 視線だけで しかしはっきりと否定の意志を現した。
「 じゃあ ― アレは一体誰なんだ 」
「 ・・・ ここは どなたのお邸なのですか 」
「 ああ それは 」
バン ッ ・・・・!
突然 二人の少し前方の大木の幹になにかが炸裂した。
規模は小さいが その鋭さに彼女は彼の背にしがみついた。
「 ― 誰だっ ! 」
ぬ・・・っと 大柄なオトコが現れた。
髪の長い少々異様な容貌で ― 手には猟銃を持っていた。
「 ・・・ ! 」
ジョーは咄嗟に 彼女を後ろに庇った。
「 人の敷地に勝手に入って このコソ泥棒め! 」
「 い いえ 違います。 」
「 ふん。 では 今すぐに出てゆけ 」
「 不法侵入については お詫びします。
ただ ― 彼女にそっくりなヒトを見たので 」
「 !? ・・・ その子か 」
「 ・・・ 」
ヘレンは そっと顔を出した。
「 ふうん・・・ 」
オトコは少し考えていたが ひゅっと口笛を吹いた。
ぴゅ ・・・
「 ? 」
ガサ・・・。 猿に似た小動物が 茂みの中から出てきた。
「 な ・・・? 」
「 ・・・ 」
その気味悪い様相に 彼女はますますジョーの後ろにひっついてしまった。
「 これのコトかな 」
「 これ・・・って その動物ですか 」
「 左様・・・ ああ お嬢さん 大丈夫、コレは噛みついたりせんよ。
あんたはコレを見たんじゃな 」
オトコはソレをひょい、と肩に乗せた。
「 よしよし・・・ このヒトたちにお前の得意技を見せてやるか うん? 」
ギギギ ・・・ 尖った耳を持つソレは低く鳴いた。
「 そうか そうか それじゃ な サスケ 」
ぽん、と尻を軽く叩かれると ソレは ヘレンをじ・・・・っと見た。
そして。 ソレは − みるみる姿を変えて始めた。
「 !! な ・・・ なんなんだ ・・・? 」
「 きゃ ・・・ いや ・・・ 」
ヘレンは 悲鳴をあげジョーの背中に顔を埋めてしまった。
「 ― ・・・ こんなコトって 」
ジョーは 呆然としている。
「 どうだな? ほうらそっくりだろう お嬢さん? 」
オトコは にんまり笑い 二人の前にソレを示した。
ソレは あの気味悪いサルに似た小動物の姿 ではなく
ヘレン そのものになっていた。
「 ・・・ 信じられない ・・・ 」
「 ウソ ・・・! 」
彼女は彼にしがみつき 彼は自然に彼女を抱きしめていた。
「 ふっふ ・・・ どうだね?
サスケは 目の前にモノとそっくり同じに姿を変えることが
できるのだよ 」
「 こんな動物が ・・・ いる のか
」
「 これはある秘境にしかおらん。
環境に応じて 身体の色を変えるトカゲなど 知っているだろう?
あれと同じようなものさ 」
「 ・・・ でも どこに? 」
「 それは秘密だ。 ワシは若い頃 探検家として世界の秘境を
周っておってな。 その時に見つけたのさ 」
「 ・・・ そう ですか 」
「 ・・・ 」
「 お嬢さん? 驚かせてしまってすまんな 」
ヘレンは ますます身を固くしている。
「 で でも。 この前・・・ぼくは一人でした。
彼女はいなかったのに どうして彼女そっくりに変身できたのですか 」
ジョーは 敢然として言い返す。
「 む ― ・・・ ああ その時 アンタは
彼女のことを考えていたのではないか 」
「 え ・・・? あ 」
思わず 彼はいい淀む。
「 サスケ・・・ コイツはなあ ヒトのココロを読むことも
できるのさ。 アンタの心を占めている姿を知ったのさ 」
「 そ それは・・・ 」
「 ・・・ ジョー さん ・・ 」
「 はあん? ははあ 恋人同士か ・・・
いやあ〜〜 結構 結構〜〜
若いモンは羨ましい〜〜 ははは 」
うって変わって オトコは声を上げて笑った。
「 いいなあ 若くて。
ワシもアンタ達くらいのトシなら また探検に行きたいところじゃ 」
「 探検・・・? 」
「 さよう。 ワシは若い頃から探検家として生きてきたのだ。
この邸の庭には ワシが発見した動物がおる。
サスケのように な 」
「 ・・・ わかりました。 ・・・ 失礼します 」
ジョーは きちんと頭を下げた。
「 ふん ・・・ 次はきちんと玄関から来てもらおう。
不法侵入は お断りだ 」
「 すいません。 ・・・ ! 」
ふと 気付けば ― すぐ側に ジョーそっくりの姿が立っていた。
「 おお これこれ サスケ。 悪戯はおやめ 」
「 ・・・・ 」
ジョーは 彼女の腕を掴むと足早に去った。
「 ・・・・・ 」
オトコは 彼らの姿をじっと見つめていた。
ヴァ −−−−−
とっぷりと暮れた夜気の中 スポーツ・カーが走り抜けてゆく。
車窓に映る風景に 灯の数がどんどん増えてきた。
ジョーは前だけを見つめ 口を閉ざしたきりだ。
彼の横で ヘレンは身を固くしている。
彼女の張り詰めた気持ちは さすがにジョーにも感じられた。
彼は 少し表情を緩めクルマのスピードも落とした。
「 ― あのオトコはウソをついている 」
「 ・・・ え?? 」
「 あのオトコさ。 さっきの別荘の庭にいた 」
「 あ ああ あのヒトは あの家のヒトでしょう? 」
「 そうらしいね そんなコトを言っていた 」
「 ・・・ 気味の悪い家だったわ 庭しか見てないけど 」
「 ああ そうだね。 あのオトコ・・・
あいつは ある大会社の社長なんだ。 探検家なんかじゃ ない 」
「 どうして ・・・ そんなウソを 」
「 わからない。 ただ ― あの奇妙な動物を見て 確信した。
君を疑っていて ごめんよ 」
「 ・・・え 」
「 ぼくが見たのは あの動物が君に変身した姿だったんだ。
きみは 何回も姉妹はいない、と言っていたのにね 」
「 ・・・ジョーさん いいんです。
私だって・・・びっくりしました。
気持ちワルイわ あんなケモノがいるなんて ・・・ 」
「 うん ・・・ この世界にはまだまだ不可解なものが
数多くあるってこと か ・・・ 」
「 そう でうすね 」
「 ― ヘレンさん。 疑ったりこんなトコまで来てもらったり
・・・ 本当にすみませんでした。 」
「 ・・・ あ ジョーさん ・・・そんな ・・・・
私 これでも皆さんと < 同士 > だと思っています 」
「 それは ― ヤツらと闘う という意味で かい 」
「 はい。 私は父を連れ去り 父の研究を悪用しようとしている
ブラック・ゴースト を許さない。
私は たとえ一人でも戦うわ 」
キ。 突然 クルマが止まった。
「 ?? どうしたのですか? なにか・・・? 」
彼女の問いんは答えず 彼は車を路肩に寄せ直し完全に停止させた。
そして きっかりと彼女に向き合った。
そして ―
「 ― 君は なぜ奴らの名を知っている? 」
「 え? 」
「 BG のこと、君に言った記憶は ない。 」
「 そうでしたか ? 」
「 君は なぜ知っているんだ。 なぜ ぼくの前に現れた?
なぜ あのケモノは見たこともない君に化けていたんだ? 」
「 ジョーさん なにを言っているの 」
ヘレンは その魅惑的な黒い瞳をますます大きく見開き
じっと彼を見つめた。
「 答えられないかい? そうだろうね。
ぼくが答えるよ ― それは 君が 」
「 ジョーさん! 」
彼女は 声を張り上げ 彼の言葉を遮った。
「 な ・・・? 」
「 ジョーさん。 私の意見も聞いてください。
一方的に自分の意見だけを言うのは フェアじゃありません。 」
「 ・・・ それなら 言えばいい。 」
「 サンキュウ。 ブラック・ゴーストについては
父が教えてくれました。
父はジャパンにいる友人に会いにゆく、とメールを残し・・・
行方不明になりました。 ですから 父の行方を追って
この国まで来て 突然捕えられてしまったのです。
あの別荘については 全く知りません。
― 以上 私の主張です。 」
「 ・・・ ごめん ・・・
すごく感情的になってしまって ・・・すみませんでした。 」
「 謝らないでください。 私の意見を聞いてくださって
ありがとうございました。 」
「 いや その ・・・ なんというか ・・・
君はやはりイギリスのオンナノコなんだなあ 」
「 え?? 」
「 フランソワーズもそうだけど ・・・
外国の女性は はっきり自分の思うことを主張する。
立派だなあ って尊敬するよ 」
「 ・・・ 」
「 ごめん ・・・ ぼく達は あのBGとずっと闘っているんだ。
それもたった10人で ・・・
だから つい・・・ 神経質になり疑り深くなってしまう 」
「 それは ― 仕方ないです 」
「 うん ・・・ 君を疑って 申し訳なかったです。 」
ジョーは ぺこり、とアタマをさげるとハンドルを握り
前を向いた。
「 ― クルマ 出すよ 」
ヴォ −−−−−−−
クルマは ゆっくりと走り始めた。
左右の景色は すでに夜の闇に溶け込み 対向車と街灯の明かりが
後ろへ と飛んでゆく。
彼も彼女も 口を噤んだままじっと前だけを見つめている。
「 ごらん ヘレン ・・・ 前・・・ 」
「 ・・・え? 」
「 ほら 月が キレイ だ ・・・ 」
「 ・・・ ほんとう ・・・ 」
クルマの前方 その中空に ぽっかりと大きな月が 見えた。
周囲がすこし明るく感じるのは その月明かりのためかもしれない。
その光は この世をほう・・・っと照らすが 温か味は全くない。
それどころか ひんやりした感覚が
手足の先から忍びより這いあがってくるのだ。
「 ・・・ ほんとうに 綺麗な ・・・ え? 」
突然 心の中が ぱん と爆ぜた。
え・・・? これ なに・・・?
初めて 見る ・・・ かも
「 ・・・ あれは なに・・・? 」
気付かずに 声に出てしまった。
「 あ? なんだい ヘレン 」
「 ! ・・・ い いえ ・・・ あの あんまりキレイだから ・・・ 」
「 ウン ・・・ 綺麗なのは月だけ じゃない
」
「 ・・・え? 」
「 君は ― 」
す・・・っと 腕が伸びてきた。
! やった・・・!
このまま 絡め獲ってしまえば
「 冷えてきたね あのう イヤじゃなかったら 」
お〜〜っとぉ〜〜
チャンスじゃなぁい?
― いや。
今は マズいわ。
ここは清純派 を貫こうかな
それじゃ〜〜
「 あ ・・・ クシュン ッ ! 」
「 ああ やっぱり寒いよね ぼくのマフラーを使ってくれたまえ 」
「 ・・・ え ・・・ 」
え。 なんだ〜〜〜
― ち。
案外カタいのねえ・・・
もっと遊び慣れてると思ってた
ふうん・・・
あ れ ・・・?
「 イヤだ、なんて そんなこと・・・ 」
「 どうぞ? 」
彼は 首にかけていたマフラーを彼女にさしだした。
「 あ ありがとうございます。 ・・・ ああ 温かいわ 」
「 それは よかった ・・・ 」
それきり 彼も彼女も口を噤んでしまった。
・・・ なんなの この気持ち ・・・
このヒト ― 本当にピュアなの かも
・・・ どうしよう
なんだか 心が勝手に ・・・ 痛がってる
・・・ このヒトが す き ・・・
大きな月の冷え冷えした光は クルマの中にも濃い影を落としていた。
― 瀟洒なスポーツ・カーが帰宅したのは
そろそろ深夜、という時間だった。
カタン ― 玄関を静かに開け 二人はすべり込んだ。
「 ― おう。 ごゆっくりなご帰還だな 」
灯りを落としたリビングでは まだアルベルトが起きていた。
「 あ ああ ・・・ ただいま ・・・
皆 もう寝たのかな ・・・ 」
「 あ ああん? その辺で沈没しているヤツもいるぞ 」
「 あ? あ は ・・・ ここに一人 」
反対側のソファでは スポーツ紙の下に赤毛が寝息をたてていた。
「 ふん ・・・ ところでどこまで行った? 」
「 あ 遅くなったかな 」
「 怪我はもういいのか 出歩いても障りはないのか 」
「 ああ もう大丈夫。 」
ジョーの後ろから ヘレンがそっと入ってきた。
「 ― 一緒だったのか 」
「 あ? う うん あ〜〜〜 そのう〜〜〜
月がとっても青いから ちょっとドライブに ・・・ 」
バタンッ !!! キッチンへのドアが音を立てて閉まった。
「 あ ・・・? 」
「 お前 無神経だな。 ・・・ ずっと夜食を準備して
待ってたぞ ― 彼女 」
「 え ・・・ あ ・・・ うん ・・ 」
「 うん じゃない。 」
「 ・・・ うん。 」
「 だから! 大切なキャリアも捨てて お前の要請に
応じたんだぞ わかってるのか。 」
アルベルトは 声の調子もヴォリュームも変えてはいない。
しかし 淡々としているが故に 彼の怒りの度合いが直に伝わってくる。
「 ・・・ 」
ジョーは ぺこり、とアタマを下げそのまま出ていった。
パタン ・・・ キッチンのドアを開けて 閉めた。
「 あの。 ごめん 」
入るなり 彼は深々とお辞儀をした。
ちら・・・っと視界に入った彼女は スツールに腰をかけ
ぼんやりと窓を見ていた。 真っ暗な外を・・・
「 ・・・ あら お帰りなさい。 ジョー。 」
「 ― フラン あの ・・・ ぼくは 」
「 はい ? 」
「 調査もあって ― 箱根まで行ってきたんだ 」
「 一人 で ? 」
「 ・・・ あ う ううん ・・・ ヘレン と 」
「 そうですか。 それでなにか? 」
「 え ・・・ あ うん ・・・
ヘレンへの疑惑は 晴れた。 そして あるオトコが
問題人物だ という確信が深まった。 」
「 そうですか。 それは上首尾でしたね 」
「 ウン。 で そのう 帰りに 月がキレイだった ・・・ 」
「 はい、今晩は満月ですね。
ここの窓からも よく見えます。 」
「 ― ごめん ドライブ なんてウソ言って・・・ 」
「 なぜ? なぜ 仲間にちゃんと調査に行った と
言わないの? 別に隠す必要 ないでしょう? 」
「 う ・・・ん ・・・ 」
「 今回 ― 皆 バラバラだわ。 」
「 え 」
「 グレートと大人も 二人だけでなにか調査しているし。
ジェットも一人で < 飛んで > いるわ。 」
「 ・・・ 」
「 そして ジョー。 あなたも。 」
「 ― わかったよ。
明日 行動開始だ。 例の企業へ調査にゆく。 」
「 了解。 三友光学 のトウキョウ本社 ね。 」
「 ん。 ナヴィと索敵 よろしく 」
「 了解。 」
「 全員で行きたいけど 」
「 目立ちすぎるわ。 それに 大人とグレートは外出するって
言っていたわ。 」
「 そう か。 わかった。 ジェットとアルベルトには
ぼくから相談してみる。 」
「 了解。 ジェロニモ Jr. に声をかけておくわ 」
「 頼む。 ― じゃあ 明日 」
「 ええ。 あ ヘレンは 」
「 イワンと留守番してもらう。 博士はまだピュンマから目を離せないって 」
「 そう ね 」
フランソワーズの口調は どこか歯切れが悪い。
「 ― 彼女 ・・・ ヘレンのことだけど 」
「 ・・・ 」
碧い瞳がじっと彼を見上げた。
「 わかって欲しいんだ。 彼女は ― 父親はBGに浚われ
自分も拉致されかけた。 そんな彼女を一人で放ってはおけない。 」
「 ・・・ ええ 」
「 庇護するためにも この邸に居てもらうのが一番だ。 」
「 そう ・・・ 」
「 彼女について アルベルトは疑っていたけど
違うんだ。 今日 ぼくは確証を得た。 彼女はスパイじゃない。
だから ― 誤解しないでほしい。 」
「 ジョー。 ひとつ 聞いてもいい 」
「 うん? 」
「 ジョー。 貴方が彼女を庇うのは ― そういう理由なの 」
「 ・・・ え? 」
「 彼女に 彼女の境遇に同情しているから ? 」
「 ― そうだ。 」
「 わかったわ。 ジョーを信じるわ 」
「 フランソワーズ ・・・ 」
ジョーは 彼女の瞳の陰にようやく気付いた。
そうなのだ。 あの時 ― 巴里で彼を呼び止めた時も
この眼差しで 彼女は彼を見つめていたのだ。
! ・・・ ああ ・・・
そうだ ・・・!
そうだった
あの時も ・・・ !
くそ〜〜 なんてヤツなんだ ぼくは!
「 ― ごめん。 鈍感だね ぼくって ・・・ 」
「 ジョー 」
「 聞いて欲しいんだ。
ぼくは ― いつだって どこからだって きみの元にかえる。
きみが きみ自身が ぼくの還るべき場所 なんだ。 」
「 ・・・
」
「 きみは ぼくの一番大切な存在 だ。 」
「 ジョー ・・・ あなたって 」
「 ぼく 鈍感でどうしようもないね ・・・
ぼくを 呼んで欲しい。 ぼくは きみの声を目印に還るよ
いつでも どこからでも。 必ず。 」
「 ・・・ 」
白い腕が するり、と彼の首に巻き付いた。
大きな手が ゆったりと彼女の身体を抱いた。
ジョー ・・・
・・・ フランソワーズ
灯をつけていないキッチンに 月の光がやわやわと降り注ぐ。
冷たいその光の中で 口づけを交わした。
・・・ 熱い ・・・
合わせ触れあうその個所は 月光の冷たさも溶けさせていた。
Last updated : 04,27,2021. back / index / next
******** 途中ですが
え〜〜〜 原作様 とは 細かい個所で違っています。
二次創作 ですからね〜〜〜 (*^^)v
あのお話前編は メロドラマ ですよね〜 ♪♪
話の構成上、今回は長くてすいません・・・・
次回は 短いです・・ 多分 ・・ <m(__)m>